清水貴夫・池邉智基・星野未来
「セネガルを喰う!-西アフリカ・グルメ調査団が行く!」
第4回「セネガルの食文化における米」
清水 貴夫
第3回で紹介したベンヌ・チン、ニャーリ・チンという分類は僕も全く知らなかった。この連載は、3人でSlack[1]上に知っていることを書き、質問をしたり、別の説を加筆したりしながら進めているが、正に「三人寄れば文殊の知恵」で、それぞれの仕事の合間に聞き、食べ、作ったセネガルの料理を合わせていくと、面白いことが次々に明確になり、今までのセネガル料理のイメージから少しずつ変化していくのがわかる。
さて、今回は主にセネガル以外の西アフリカを見てきた清水が、いかにセネガル(の食文化)が特殊か、ということを話してみたい。たびたび書いてきたこと(清水2019、2022)の繰り返しになるが、西アフリカを比較的広く歩いてきた者として、セネガルの食文化を一言で表せれば、「アフリカでは最高に洗練されているが、ゆえに保守的」、こんな風に表現しておきたい。セネガルの料理は西アフリカのみならずアフリカ大陸でピカ一に美味いが、その全体像は、ほかの西アフリカ諸地域の食文化とは大きくその様相を異にし、セネガルの食文化は、決して西アフリカの代表的なものではない。なので、「セネガル」料理を「西アフリカ」料理や「アフリカ」料理というようにすり替えることには、私は強く違和感をもってしまう。
セネガルの食文化がいかに特殊なのかを示すため、セネガルの食文化の背景や「西アフリカ」という少し広い立ち位置から考えてみたい。セネガルの生産と消費の関係性を説明するには少し紙幅を要するので、今回は、特にコメを中心とした、セネガルの食糧供給事情を見ておくことにする。ちなみに、今回の話は、この着想を得た手代木+清水(2016)「セネガルの食と景観をめぐる謎」という論考と、それをさらに発展させた清水(2022)「ブルキナファソの「食のランドシャフト」を考える:新たな食文化研究への一考察」という論文を下敷きにしている。
2015年に当時所属していた総合地球環境学研究所のプロジェクト・リーダーの田中樹さん[1]、となりに座っていた手代木功基さん[2]と敢行したセネガル調査は、僕にとっては、すでに5回目のセネガル渡航で、その景色や生活があるパターンを持ち始めていた。田中さんの年齢は大体僕の一回り上、手代木さんは僕の大体一回り下、という年齢構成で、食欲の面で見れば、「田中さん<<<手代木さん≒清水」というツートップ体制である。当然のことながら、この調査中、田中さんは何度も「おまえらよう食うな」とぼやく光景が何度もあり、ついツートップにつられた田中さんが食べ過ぎて体調を崩しかける、ということもあった。
広範にセネガルの環境、農業を眺めるためにセネガル中を周回する我われの食事は、基本的に幹線道路沿いの街やダカールの食堂で、9割方が外食である。我われの間で話題になったのは、特にコメについてである。セネガルで食するコメ料理は、とにかく調理法が洗練されており、コメの旨さを引き出すのがうまい。僕も二人に対して事前情報として、セネガルの料理の旨さを説明していたが、よくよく考えてみれば、そのすべてがコメの料理だった。
しかし、改めて国土の3分の2ほどが乾燥帯にあたるセネガルでは、ガンビアの南のカザマンス地方か、セネガル川流域で灌漑する以外には、コメを作る方法はない。ということは、輸入に頼っていることは間違いなく、それは、その辺のブティック(雑貨屋)に積んであるコメ袋をみれば、タイやベトナム、インドと言った原産国表示があり、世界の穀倉地帯からコメが運ばれてきていることはよくわかる。手代木+清水(2016)では、コメ輸入量を一人当たりにして比較したが、セネガルはダントツの世界一で、西、中部アフリカ諸国が、トップ10中に6か国が食い込んでいた。現在では相当な量のコメがセネガルに輸入されることで生まれるスケールメリットにより輸送にかかる費用的な影響は相当薄まっており、国産のコメよりも輸入されたコメが安いという、食糧マイレージと価格のねじれが起こっている。ゆえに、セネガルの人たちは、純粋に旨いという理由だけから輸入されたコメを食べているわけではないだろう。しかし、間違いなくコメ・マニアであることは間違いない、という結論に至った。
さて、図1を見てほしい。
(Faostatを基に清水作成)
この図表は、セネガルの主要穀物生産の推移を示したものである。全体に横這いか、微増傾向にあることがわかるが、その中で突出した伸びを示しているのがコメとキャッサバだ。コメは想定内としても、キャッサバの生産増には僕も少し驚いた。先日、星野さんご夫婦と食事をした時にも、ご夫婦ともに、キャッサバ、そんなに食べないけどな…と。一つセネガルの食と生産の関係性の疑問が増えたところだが、これはまた別機会までに検証してみようと思うので、今回はご勘弁いただきたい[4]。先ほど「国土の3分の2ほどが乾燥帯にあたるセネガルでは、ガンビアの南のカザマンス地方か、セネガル川流域で灌漑する以外には、コメを作る方法はない」と述べたが、その生産量は30年間で6倍に上っている。どのようにしてここまで生産量が伸びたのかは、これから少しずつ勉強したいと思うが、セネガル人のコメへの執着心、ここに極まれり、ということか。
ということは、セネガルはコメを自給しつつあり、輸入量は減っているのでは…と思い、輸入量を改めて確認してみた(図2)。
(Faostatを基に清水作成)
一部の例外的な年を除き、漸増傾向と言ったところか。約120万トンを生産し、40万トンを輸入している、というのが現在のセネガルのコメのサプライ状況ととらえることが出来るが、30年前を考えると、20万トンの生産、20万トンの輸入であったことを考えると、いくばくか健全になっているというべきかもしれないが、消費量で考えれば、30年間で4倍になっている計算になる。人口増加や経済成長など、さまざまな変数を考慮にいれなければならないが、それにしても、この数字は驚異的と言わざるを得ない。
こうしたコメの消費量を考えたとき、セネガルの人びとが、本来ここで作られるミレットやササゲを食べずにコメばかり食べているように見える。この認識はそれほど間違いでないように思いつつ、もしかすると、ごく最近の現象の上澄みを見ているだけなのかもしれないとも思う。セネガルの食は調理法の複雑さや高度に洗練された料理であることは間違いないが、その一方で、西アフリカの食文化が本来有する多様さを失っているようにも見える。こんな実感を心に抱えてしまうと、今度はもっと伝統的な料理が気になってしまうのだが、まずは現在のセネガルの食について、池邉さんと星野さんにお任せしてみようと思う。
[1] アメリカのSlack Technology社が開発運営するビジネス用のチャットツール。
[2] 土壌学者、摂南大学教授
[3] 地理学者、摂南大学講師
[4] 図2を見ると、2008年ころにコメの輸入量が急激に上がっており不作年だったのではないかと推測している
参考文献
Faostat https://www.fao.org/faostat/en/ 2022年1月3日最終閲覧
清水貴夫2019『ブルキナファソを喰う アフリカ人類学者の西アフリカ「食」のガイド・ブック』あいり出版
清水貴夫2021「ブルキナファソの「食のランドシャフト」を考える:新たな食文化研究への一考察」『農耕の技術と文化』30号,
手代木功基・清水貴夫 2016「セネガルの食と景観をめぐる謎」『地理』 Vol.61 2016年, 古今書院, pp.82-88