清水貴夫・池邉智基・星野未来「セネガルを喰う!-西アフリカ・グルメ調査団が行く!」
第1回「ブルキナからセネガルへ:西アフリカの食のさらなる深淵を目指して」
清水 貴夫
2019年に『ブルキナファソを喰う:アフリカ人類学者の食のガイドブック』という本を上梓し、もともとは子どもの問題や宗教の問題を研究してきた私の生活は一変した。依頼される仕事の多くが食文化にかかわるものとなり、出版から2年半が過ぎた現在、周りからはすっかりアフリカの食文化の専門家だと認知されるようになった。
確かに食べることは好きなのだけど、昨年からのコロナ騒ぎでアフリカに行く機会を奪われ、新しいネタがない。これまで貯めたネタも、論文を書いたり、エッセイを書いたりすることで、使えるネタも尽きてきた。食文化研究など一過性のものをあきらめ、本来の研究に戻ればよいのだが、食関連の仕事は尽きることはなく、今でもなんだかんだと忙しくさせていただいている。この原稿を書いている最中も食文化の論文の原稿を抱えている。食の神様は僕を離してくれないようだ。
そんな折、『ブルキナファソを喰う』の監修者である寺田匡宏さん、リビモンの澤崎賢一さんと「リビモンチャンネル」の対談の合間にセネガルの食の話をする機会があった。話をしながら、ピンときたのだ。僕の頭に閃いたのは、二人の顔だった。2021年3月に学位を取り、日本植物燃料という、何と言っていいのか難しいが、「農村をベースに事業を展開している会社」の現地法人社長としてセネガルに滞在している池邉智基君、そして、大学の後輩で僕が知りうる限りのセネガル料理の達人、星野未来さんの二人だ。この二人と組めば、フィールドに出られなくてもいいものが書けるはず。しかも、西アフリカの食の中心地セネガルだ。やはり食の神様はまだ僕がこの分野を離れることを許してくれないようだ。
二人に連絡すると、二人とも二つ返事で快諾。西アフリカ・グルメ調査団がここに結成されたのだ。早速僕らはブレーンストーミングを始めた。どんな料理があるのか、どんな食材、調理法があるのか…普段からセネガルに馴染んでいる二人の経験や知識が飛び交う。僕のセネガルの食への知識など、木っ端みじんになるほど、二人の知識は広くて深い。セネガル料理というのが、こんなに体系だっていて、食材だって思っていたよりもたくさんあるし、調理法も複雑…さすがは西アフリカの食の中心、セネガルの偉大な食文化を目の当たりにすることになった。これは楽しくなりそう、ここのところ、そんな予感に包まれている。
僕は、『ブルキナファソを喰う』の中で、ワガドゥグを「食のカルフール(交差点)」と表現した。西アフリカの田舎国ブルキナファソに住む人は、どことなく自信がなく、それ故に外からの食文化を受け入れつづけた。それゆえ、首都ワガドゥグでは西アフリカ中の料理にありつくことができる。まさに食文化のコスモポリス(都市)なのである。その中でも、庶民も金持ちもちょっとお金があったら食べたいのが、セネガレ(セネガル料理店をそう呼ぶ)だ。数えたことはないが、ある程度しっかりしたセネガレだけで50軒くらいはあるのではないだろうか。これらのレストランは昼食、夕食時になるとそれなりのお客さんが入っているものだが、僕も行きつけたセネガレの何軒かいつも満員で、表のガレージに止まる車を見れば、遠くからわざわざその店に買いに来ていることが分かる。それほど人気がある。
セネガルは世界に冠たるコメ喰いの国で、コメあしらいは非常に高レベルだ。特に国民食チェブ・ジェンは西アフリカどころか、パリでもよく食べられる。ネットに「世界三大炊き込みご飯」と入れて検索すると、スペインのパエージャ、日本の松茸ゴハン(この辺りが日本の記事っぽいのだけど)、そして南アジアのビリヤニとされていることが多い。松茸ゴハンを否定するつもりはないが、これが「世界」に広がっているとは思えないので、本来は、中央アジアのプロフなどが松茸ゴハンに代わって入ってくるだろう。しかし、これらの炊き込みご飯と比肩して、優れども劣らないのがチェブ・ジェンだ。きっとすべてのアフリカ通がそう思うはずだ。松茸ゴハンはうまいけど、そうじゃない。世界三大でも四大でも五大でもよいが、「世界」への広がりで言えば、また、その可能性を持つのがチェブ・ジェンだ。もはや、僕は、アフリカは貧しくて、味なんか構っていられない、というイメージする人たちには何も言わない。なぜならそういうイメージを持つ方々に足りないのは、具体的に美味いものがあることを知らないだけだと確信するからだ。チェブ・ジェン、しいては、セネガル料理は、こんな意味でアフリカ料理の代表選手になりうると思う。
この連載は、こんな背景で始まりを迎えることになった。書き手は、清水だけでなく、当然池邉君、星野さんが加わる。セネガル飯をこよなく愛する三人で、セネガル飯の旨さを、これまでアフリカに関心を持ってこなかった方にもお伝えしたい、というとてもシンプルな気持ちがこの本を書くモチベーションとなっている。前回のブルキナファソはアフリカ通のマニア中のマニア向け、という趣向が強かったが、今回注目するセネガル飯は万人に愛される料理なのではないかと思っている。そして、料理を通じ、セネガルの自然、人びとの生業、さらには文化や生活と言ったところまでを読み取っていただけると筆者一同とても幸せに思う。そして、現在私たちを苦しめるコロナが落ち着いた折に、本書を手に取ってセネガルに旅をしてみよう、という気持ちを持っていただける方がいれば喜びの極みである。
そして、この連載は、もちろん文字と写真で綴られていくが、きっとその作り方や味、さらにはセネガルの雰囲気を感じ取りたいと思う方もでてくるだろう。たとえば、池邉君の現地レポートや、星野さんの料理教室Youtube配信など、いろいろな方法でセネガル飯をお伝えできるようにしてみたいと思っている。本当はリアルにセネガルで二人とともに食べ歩きをしてみたいものだが、その機会はおいておくとして、コロナ渦の中でもできる限り多くのセネガルの食文化を三人で書き記していきたいと思っている。